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ドイツ&周辺諸国観光案内
Lindau

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街の紹介

Lindauはドイツの南、それも「左下」のボーデン湖のほとりにある街。湖の辺に立つと湖の向こう岸はスイスで、雄大なアルプスを見渡すことができる。左(東)はオーストリアで、わずか数分で国境に達する。オーストリアの高速道路は有料なので、車でオーストリアに行くなら高速に乗る前に高速料金支払いの証明であるステッカーを買い、車のフロントガラスに張ってから高速に乗ろう。と言うのも国境を越えたすぐ先で、オーストリアの警察がてぐすね引いて待っているからだ。「ちょっと乗るだけ。」と油断すると高い罰金を課されます。皆まで言えば、ステッカーを買っていても、貼っていなければ罰金を課されます。
現在確認されている限りでは、リンダウに相当する町の名前は9世紀になって歴史に始めて登場しているが、当時はunter den Lindenと言う名前で呼ばれていた。13世紀にはすでにLindauという名前で書籍に登場しており、その名前で今日に至っている。 この街は元来オーストリア領、すなわちハープスブルク家の支配下にあった。16世紀になると近隣諸都市との間で、穀物と塩の交易が盛んになった。リンダウは船で大量に品を輸送することができたので、交易によりとても栄えた。30年戦争では、こんな南までスウエーデン軍がやってきてリンダウを包囲する。包囲されたオーストリア皇帝軍は夜襲で包囲軍の兵糧を破壊することに成功、スウエーデン軍はリンダウを落とすことなく兵を引き上げることになった。しかし19世紀になるとナポレオンが欧州の新体制を樹立する。これにより神聖ローマ帝国は解体され、リンダウはナポレオンと同盟を組んだバイエルン王国に割譲される。これを記念して、港にはバイエルン王国を象徴する大きな像が建造されている。
リンダウの名前は日本人ではほとんど無名だが、この街は天気にも恵まれ、ドイツ有数の観光地に発展している。有名なのは、湖に突き出た半島のような形になっている島の部分だが、この部分はどちらかと言うとホテルやレストランが集中しており、Lindau市民は、主に半島の根元の「大陸」部分に住んでいる。日本人の観光と言えば、数時間で1都市を観光して次の町に向かうが、ドイツ人はホテルやアパートを週単位で借り、同じ場所でじっくり時間を過ごす。街のあちこちでカフェに座って、人の営みを眺めている休暇中のドイツ人の姿をよく見かける。
ホテル等の宿泊施設は結構発達しているが、やはり観光地だけあってホテルは割高。夏の休暇シ−ズンはやはり大変込むので、できればあらかじめホテル等の予約をしてから行った方が無難かもしれない。お勧めのホテルはLindauer Hof。港の辺にあり、観光地のど真ん中。2階のレストランで港やアルプスを見ながら取る食事は格別だ。オフ シーズン(10月〜3月)は80EUR(朝食込み)で泊まれて、(部屋はちょっと狭いが)、部屋からアルプスを眺める事ができる。(WLAN可)
フライブルクから電車で3時間半、ミュンヘンから2時間半の距離にあるので、なかなかここまで足を伸ばす機会がないかもしれないが、スイスへ移動する時にでも寄ってみよう。近くには観光名所は多いし、車でボーデン湖沿いを走るだけで、美しい景色が眺められて(天気がよければ)最高に気分がいい。

      

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