飯屋を探せ! プノンペン編

3年前、最後の日に奮発して行ったシーフードレストラン。
当時の日記はこちら。)
これが美味。
おまけに安かった~。

「もっと早く来るべきだった。」
と後悔。

「次回はここに戻ってくるぞ。」
と周囲の地理を記憶(した筈)。

今回は、初日から
「いざ、シーフード!」
と、記憶を頼りにモニボン通りに向けて歩きます。

「この辺にあった筈、、。」
と思ったら、目の前に。

凄い記憶力。
自分でも感心。
人の名前なんか、絶対、覚えられないのに。

喜び勇んで入店。
外国人の客には、中国らしきおかみさんが出てきます。

英語が通じるのが嬉しい。

てっきり、
「中国人は英語ができない。」
と思っていましたが、見事な誤謬。

外国に住む中国人はちゃんと英語を話すんです。

早速、注文。

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あっれ~?
おいしくない。

今日食べた飯は、朝、パタヤのホテルで取った山崎パンのみ。
ものすごい空腹で来たのに。

空芯菜、火が通っておらずガリガリ。
ソフトシェルの天麩羅は、肝心の蟹よりもフライばかり。

残念。
もっともモニボン通りは、シ-フードレストランばかり。

このレストランの横も、
「超でかい」
シーフードレストラン。

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翌日、突撃。
2階席では収まらず、路上に席を設置。
見事にひとつ残らず埋まってます。

凄い。
ドイツのレストランなんか、ガラガラ。
新興国のカンボジアで、高級な筈のシーフードレストランが毎晩、満席。

なんだか、
「働いて稼いだ金をうまい物に使うぞ!」
という気合が伝わってきます。

「先進国」
のドイツでは、
「お金がもったいない。夕食はマギーの粉スープに(まずい)パンとチーズでOK。」
と、レストランに行く人なんか稀。

カンボジアの、新興国のパワーを感じます。
日本も60年代は、きっとこんな感じだったんだろうな~。

感心するのはいいが、やっぱり席が取れず。
残念。

モニボン通りを北上すると、懐かしい餃子館に遭遇。

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まだあったんだ~。

ここに行くと、必ず日本人に遭います。
話しかけられるのが怖~い。

ただし、背に腹は変えれず。
入店。

入り口にあった、しょぼい水槽はなくなってました。
壁には日本語、中国語、英語でメニューがびっしり。

ここでも小姐が出てきます。
これが結構、かわいらしい。

「何処から来たの。」
と聞けば、
「中国。」
という当たり前の答え。

お粗末。

「プノンペンには長いの。」
と聞けば、
「3日前に来た。」
との事。

道理で先回来た時は見かけなかった筈。

中国人って、
「勝手に」
プノンペンに来て働けてしまうんでしょうか。

労働許可証なんか要らないの?

いつもと同じもの、

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モツ煮と、

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餃子を注文。

値段は10年前と変わらず、合計4ドル。
激安。

10年前の方がおいしかったかな。
3年前よりは明らかに改善。

「夕食は何処に?」
と行く場所が見つからない際、使えます。

久しぶりのプノンペン。
懐かしいので、歩きまわっていると、

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「手打ちうどん」
の看板発見。

どれどれ。

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ピンクのネオンなので、てっきり
「夜総界」
かと思っちゃいました。

場所はモニボン通りのニューヨークホテルの裏。
翌日、突撃。

牛肉面と、

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焼きうどん注文。

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牛肉面はやっぱり期待外れ。
(牛)焼きうどんは合格。

おいしいので(量が少ないっ!)ので、お代わり。

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もっとも今回は、豚肉面。
こちらも美味。

(確か)麺類は3ドル。
安い。

難点は、サービスが中国人ではなくカンボジア人である点。
ミスオーダーが多く、次々に料理が返還されていきます。

料理を違うテーブルに届けて、
「注文してない。」
と言われることも多し。

私のオーダーは忘れており、30分我慢の子。
「まだなの?」
と聞くとあわててオーダーする始末。

使えないな~。
道理で他の店だと中国人を呼び寄せるわけだ。

とは言っても、おいしいので、何度か通いました。

(豚)舌に、

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くらげのサラダ。

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コリコリしておいしかったです。
ちょっぴり
「味の素」
が入っていたのが残念。

ただし、中国で食べるように
「舌がしびれる」
ほどの量ではなし。

問題は、サービス。

毎回オーダーを忘れており、
「まだなん?」
と催促しないと料理が来ないです。

それ以外は合格点。

「シーフード料理屋に座れなかった!」
とう方、お試しください。

8時を過ぎると、席がかなり空きます。




ソンクラーンの起源を探究せよ!

「朝食は6時半から10時半までです。」
というので、
「9時半に起こして頂戴。」
と前日、レセプションでお願い。

すると自然に目が覚めるから、不思議。
時計を見ると9時20分。
目覚まし時計並み。

(ちゃんとカーテンを閉じたまま)シャワーを浴びながら、
「おはようございます。」
という電話がかかってくるのを待っていたものの、何も起こらず。

結局、9時50分まで電話は鳴らず。
諦めて朝食へ。

「確かプールの横って言ってたな。」
と昨日の説明を思い出しながら歩いていると、前からホテルの(女性)スタッフが。

「朝食は何処で取れますか。」
と聞くと、明きからに不機嫌な顔をして、
「そこ。」
と顎で指します。

ここの女性スタッフ、問題あり。

見っけた!

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う~、とっても暑そう。
幸い、扇風機の前の席が開いていたので、そこに着席。

さっきのスタッフとは正反対の愛想のいいスタッフが、
「グッドモーニング。ご機嫌いかが。」
と聞いてきます。

凄い。
朝の6時半から働いて、この機嫌の良さ。
脱帽。

ドイツ人に見習って欲しい。

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まずは飲み物で喉をうるわして、
「何を食べようかな~。 」
とキョロキョロしていると、
「オムレツはいかがですか。」
と聞いてくる先ほどの女性スタッフ。

素晴らしい。
朝の6時半から働いて、この機嫌の良さ。
脱帽。

ドイツ人に見習って欲しい。

「チーズとハムでお願いすます。」
とお願い。

手際良く、作っていただきました。

意地汚くすべて詰め込まず、そこそこで終了。
今日全部食べたら、明日から同じもの。
残りは明日のお楽しみ。

すでに朝の10時で33℃。
町に出るなんて自殺行為。
日が暮れるまでプール際で本読み。

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と思ったら、汗だらだら。
「これはたまらん。」
と屋根付きの小屋に非難。

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ドイツから持参したペーパーバックを開きます。
サスペンス物。

「ベストセラー。」
というので、購入したのに今一つ。

オスロで連続殺人事件が起きて、
「酔っ払い」
のヒーローがこれを解決していくという筋書き。

弁護事務所で女性が殺害されて、
「目撃者なし。」
と言うんですが、現実的じゃない。

今時、どこの事務所もカメラで監視されてます。
お金にあふれる弁護士事務所でカメラもなく、犯人が誰も気づかず堂々と正面入り口から入ってくるなんて、非現実的。

次回からは軍事物にしようかな?

暑さが峠を越してから、外出。
それでもものすごい熱気。

あちこちで
「レストラン」
の開店準備中。

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すでに開店してる店もあり、

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(串)揚げ屋ですね。

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食べる勇気はなし。

そうそう、ソンクラーン。
てっきり水をぶっかけられると危惧していたものの、心配無用。

そのような光景は一度も見かける事なし。

代わりに、
「灯篭流し」
でもするんでしょうか。

お供え物を売ってました。

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あちこちで。

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カンボジアでは平穏にソンクラーンを過ごすようです。
馬鹿騒ぎをするのはタイの文化圏のみ?

水掛の起源説はいろいろあるんです。
気に入った説を紹介。

ヒンドウーの神、
"Kabil Maha Phrom"
と、
「何でも知っている」
という噂の若者が、
「知恵比べ」
をする事に。

別の説では、
「何でも知っている」
と自負するラオス王と若者の知恵比べ。

前説の方が辻褄が合うので、そちらで続けます。

この勝負(賭け)、負けたら首を失うというぶっそうなもの。

当初は神の勝ちに見えたものの、若者が回答を見つけてしまいます。

負けた神は、
「首が地に落ちれば、大火事に。首が湖に落ちれば、熱で一瞬にして干上がり、首が宙にぶらさがると、雨がふらずに大日照りになる。」
と呪いの言葉を発して、首を切ったそうです。

そこで呪いを避けるべく、この首を特殊な洞窟に奉納。
祭りを催したのがソンクラーンの始まりだそうです。

問題の 
「水掛け」
ですが、1年に1回、この首を取り出して水をかけたのが始まりという説もあります。

別の説では、神の娘を
"Nang Songkran"
と呼び、祭りの時期に動物の背に乗って出現したそうです。

同時にこの時期は、
「神聖」
な時期で、神棚や仏像をお掃除。

その際、仏陀の像に水をかけたのが、ソンクラーンの始まりだという(タイ)説もあります。

スコータイ朝時代の石のレリーフに
「ソンクラーン」
の記述が見つかっているそうなので、かなり古いです。

タイ人は怒るでしょうが、この文化、当時大帝国だったカンボジアからタイに伝わったようです。
すなわちカンボジアのソンクラーンがオリジナル。
タイはコピー。

かどうかはともかく、カンボジアの方が過ごし易いのは間違いなし。

ザ プランテーション プノンペン / The Plantation Phnom Penh

3年前、サイゴン初訪問。
これが失敗。
飯は旨いが、退屈そのもの。

幸い、
「何があるか、(何もないか)わかんない。」
と片道切符。

勝手知るプノンペンは目と鼻の先。
やっぱ男の一人旅行はプノンペン!
バスに乗って、サイゴン脱出!

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困ったのが、宿。

あちこちメールを送るも、
「満室です。」
という返事ばかり。

まあ、返事が来るだけいいですが。

ひとつだけ、
「空いています。」
というホテル、正確にはゲストハウスを予約

これが、
「ホモ」
の巣。

お陰で超~不快な4日間。
(当時の記事はこちら

トリップアドバイザー等、何処にも
「ホモの憩いの地」
なんて書いてなかったぞ!

もっとも、
「プノンペンなんて、一泊25ドルで十分。」
と値段重視した自分にも責任有り。

そこで今回は、
「デラックスにリラックス。」
をモットーにホテル探し。

散々迷って予約したのが、
"The Plantation"

一番安い部屋が、80ドル。
目茶高い。

先回の経験がトラウマになっており、
「あんな経験をするのはもう嫌!」
と、それでも予約。

でかいプールと、
「とても静か。」
というコメントに説得されました。

もっとも4月以降、値段が69ドル。
3月に予約したのが、超~悔しい。

不愉快な思いをする入国審査を済ませると、そこは別世界。

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露店がびっしり。
3年前は何もなかったぞ!

とりわけファランのおじ様に人気なのが、このブース。

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よっく見れば、SIMカードの販売。
なるへそ。

客層を見ると、あきからに50代初旬。

現地の彼女に、
「ハニー。今、着いたよ。」
と連絡している姿が目に浮かびます。

携帯電話を持っていない私には無用の長物。

空港内のトックトックはぼってくるので、外で
「流し」
のトックトックを確保。

レッツゴー。

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英語が通じず、少しばかり苦労したものの、無事到着。

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ホテルの看板なし。
お金持ちの豪邸かと思っちゃた。

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レセプションはコロニアル風の建物。

部屋は
「モダンな?」
コンクリートの建物に入ってます。

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全部で3棟。
安い部屋を予約したので、隣の別館に案内されました。

肝心の部屋は、

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こんな感じです。
メインはベット。

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ベトナムの、
「石のように硬い」
マットレスではなく、ちゃんとクッションが効きます。
快適、快適。

仕事をするスペースも十分にあり、

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インターネットも早いです!
とっても快適に仕事ができました。

WCとシャワールーム。

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お湯の出もよく文句なし。
トイレットペーパーの場所は問題有り。

退室の際、金具で腕を掏ります。
あ~痛い。

一応、バルコニーあり。

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笹以外、何も見えませんが、、。

後日、
「素っ裸」
でシャワーの後、タオルで体を拭いてると、いきなりバルコニーにホテルの従業員が。

こっちも驚きましたが、向こうはもっと驚いた様子。
悲鳴を上げて逃げていきました~。

失礼しちゃうわ。

バルコニー、隣の部屋と
「陸続き」
なんです。

簡単に、隣の部屋に来れちゃいます。
安全上、不安有り。

ドアは毎回、施錠しておきましょう。

部屋が22平米と少し狭いのが欠点。
一人で住むにはいいが。

値段には朝食込み。
毎日メニューが変わるし、味、種類も許容範囲

大きなプールがあるので、

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高い値段は、
「プール代」
と思えば納得?

69ドルで取れれば、その価値あり。

あ、そうそう、椅子を
「引く音」
がうるさいです。

頭の上に行儀の悪いファランが泊まっていると、
「ギーギー」
鳴って、とっても気になります。

隣の部屋、外の騒音などはほとんど聞こえません。

椅子の足に、是非、
「消音措置」
を施して欲しいです。

そうそう。
このホテルの他に、プノンペンのサービスアパートに幾つか、メールを送ってみました。

そのひとつが、
"Skyline Apartment"

「一泊お幾らですか。」
と尋ねると、
「アパートは、長期宿泊の宿泊客のみです。」
「短期の宿泊は、Skyline Hotelをどうぞ。」
との事。

それは残念。
どうするか迷っていると、翌日、以下のメールが届きました。

I really hope you get this fast. I could not inform anyone about my trip, because it was impromptu. i had to be in Manila, Philippines for a program. The program was successful, but my journey has turned sour. i misplaced my wallet and cell phone on my way back to the hotel i lodge in after i went for sight seeing. The wallet contained all the valuables i had. Now, my passport is in custody of the hotel management pending when i make payment.

I am sorry if i am inconveniencing you, but i have only very few people to run to now. i will be indeed very grateful if i can get a loan of $1889, from you. this will enable me sort my hotel bills and get my sorry self back home. I will really appreciate whatever you can afford in assisting me with. I promise to refund it in full as soon as I return. let me know if you can be of any assistance. Please, let me know soonest. Thanks so much..

Vimol

そう、
「金送れ。」
という詐欺メールです。

いや~やっぱりプノンペン。
危うく詐欺者がレセプションで働いてるホテルに予約する所だった~。

皆さんもご注意くださいな。

カンボジア入国ビザを取得せよ!

「1枚なの。それとも2枚なの。」

カンボジア入国時のビザの申請で必要になる写真の話です。

「カンボジア、ビザ、証明写真」
と、ドイツ語と日本語でググってみます。

どちらの言語でも結果は同じ。

「写真が2枚必要です。」
という説明と、
「写真は1枚。」
という説明があります。

もっともドイツ語のサイトで、
「果たして写真は1枚でいいのか、それとも2枚必要なのか、それは入国管理官の気分で変わる。」
と素晴らしい説明がありました。

確かにその通り。

昔は、入国管理で何か
「いちゃもん。」
をつけてビザの支給を拒否。

しばらく問答していると、
「10ドル。」
などと賄賂を要求してきたもんす。

「払わない。」
と言えば、入国を拒否されるか、入国審査を後回しにされます。

首都の入国管理で、堂々と賄賂を要求する素晴らしい国。

つまり証明写真を1枚だけ持参すると、
「もう1枚。」
と言われ、
「持ってない。」
と言えば、
「10ドル。」
と賄賂を要求される仕組みです。

この国を
「開発援助金」
でどっぷり漬けてしまったのが原因。

「何もしないでも、金が入ってくる。」
ので上から下まで汚職で染まってます。

そこで念には念を入れて、パタヤで証明写真を用意。
2枚で100バーツ。
3ドル少々。

賄賂を払うより安し。

備えあれば憂い無し。
賄賂を払わされて、気分を損ねなくて済みます。

バンコク発、プノンペン行きのエアアジアのフライトは15時。
今年から昔のドムアン空港でオペレーション。
念のため、3時間見積もり。

フライトの1時間前には到着したい。
すると、11時発。

「もうちょと余裕を見ていたほうがいい。」
というホテルのアドバイスで10時半。

10時20分にレセプションに下りて、チェックアウト。
ドライバーの姿、見えず。

「まだ時間前だしな。」
と自分に言い聞かせると、パソコンを取りだしてメールのチェック。

10時40分。
ドライバーの姿、未だに見えず。

(タイでは)これがあるから、ホテルで予約してて良かった~。
「ドライバーの姿が見えないから、電話して頂戴。」
と頼めば、
「ドライバーはもう外で待機しています。」
とレセプション。

なら、それを言わんかい!
やっぱり何処かが、いつも抜けてる。

ドイツ人と瓜二つ。

車はトヨタのセダン。
カローラより断然快適。

おまけに礼儀正しいドラバイー。
服装もちゃんとしており、当然、汗臭くない。
ちょっと多めにお金を払った(1700バーツ)甲斐がありました。

英語で言う、
"You get what you paid."
です。

なんの事はない。
きっかり2時間でドムアン到着。

英語の話せるエアアジアの職員が、セルフチェックインを手伝ってくれます。
この辺は、やっぱりアジア。
ドイツよりもサービス重視で、快適。

あとは荷物を預けるだけ。

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念のため、
「追加荷物20kg」
で申請していたのに、図ってみるとたったの12kg。

おかしい。
デユッセルドルフでチェックインしたときは13kg。

パタヤで石鹸やらシャンプーなど身の回り品を買い足し。
もっと重い筈。
なのに、1kg減。

デユッセルドルフ空港の秤、仕掛けがしてあるのかしらん。

チェックインを済ませると、出発までまだ2時間も。

出国を済ませてから、スターバックスで時間潰し。

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「インターネット使えますか。」
と聞けば、
「インターネットカードを買ってください。」
との事。

う~ん、無料じゃないのか。

「どうしようかな?」
と悩んでいるとファランの(美人)のお姉さんが、
「私はもう要らないから、これあげる。」
とインターネットカードを進呈してくれました。

陳謝。
声が大きいと、得をする事もあるんです。

ちょうど仕事が終わった頃、搭乗開始。

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機内で、カメラのオートフォーカステスト。

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右側の赤いシートに焦点。
このレンズ、F2,8通しの明るいレンズ。

フラッシュの使えない屋内撮影、
夕方の撮影で効果発揮。
ただし超音波ではなくてモーター式。

「フォーカスが遅い、うるさい。」
という指摘が時々あるんですが、私のレベルでは十分快適。

十分綺麗に写ります。

小一時間でプノンペン到着。
待ちに待ったビザの申請です。

ビザ代金、20ドル。

パタヤでユーロをドルに換えていたんですが、100ドル札。
これを出すと、
「駄目だ。」
と叱られますた。

何も、怒らなくてもいいのに。
20ドル札なんて幾らでもあるのに、
「両替」
はしてくれないようです。

幸い、5ドルと1ドル札が十分あったので、これで20ドル。
お釣りは払わないようなので、今後の参考に。

そうそう、肝心要の証明写真ですが、
「1枚」
でした。

よっく考えれば、過去10数年、いつも1枚でした~。

入国審査では、顔写真の他に両手の指紋を撮られます。
そんなに犯罪者が多いのかしらん。

やり方がわからないので、
「オロオロ」
していると、またしても叱られました。

く~。
入国管理官なら、英語くらい話せばいいのに。

ベトナムとカンボジアの入国管理官、世界のワースト1&2です。

タイを脱出せよ!

旅行代理店などは、
「タイの水懸け祭りを体験しよう!」
と宣伝していますが、これほど不愉快な体験はなし。

高圧力パイプで至近距離から顔面に氷水をかけられて、
「ああ、快感。もう一回。」
という人は別。

そうでない人は、この時期タイを避けましょう。
特に女性。

この時期、タイ人は羽目を外します。

「いつも緩みっぱなしじゃん。」
というタイ人が、さらにゆくるなります。

女性の体を平気で触ってきます。

連れの女性を触ってきたタイ人に、
「何してんだ!」
と怒ったファラン。

タイ人に殴られる、蹴られるで病院収容。
じっと見ているだけで助けなかった私も悪いが、手に抱えたカメラの方が大事。

言うまでもなく、飲酒運転多発。

日本のような乗用車ではなく、タイはピックアップ。
荷台に人を乗せるので、自己の際は
「ニュートン効果。」

すなわち荷台の人物は、この衝撃が直接伝わって、ロケットのように飛びます。
そして時速40kmで道路に墜落。
運が良くまだ生きていても、対向車にはねられておしまい。

この時期の
「交通事故」
の報道は、この時期の風物詩。

こちらに今年の統計があります

1週間で320人死亡。
1年この調子で行けば、年間16万人という滅茶苦茶な数字です。

日本じゃたったの4人4百人程度。
1年ですよ。
ソンクラーンなら、3ヶ月で達成です。

どんなに死亡事故が多いか、よっくわかります。

ちなみにドイツでは8千人程度。
即に言う、アウトバーン効果です。
スピードが速いので、高速で事故になると逝っちゃいます。

これは死亡事故だけ。
手足を失ったりする怪我人は、3000人。
1週間ですよ。

アフガニスタン並み。

こうして手足をうしなったタイ人が、パタヤやバンコクの道端で乞食中。

ソンクラーンは、タイ人による、タイ人のための、タイ人によるお祭りです。
外国人は参加しないほうがマシ。

まだ年金を稼いでいないのに、まだ手足を失いたく無し。

脱出先の考案。

これを誤ると、
セントルイス号
の二の舞です。

第二次大戦勃発前夜、身に危険を感じたユダヤ人セントルイス号をチャーター。
ユダヤ人難民906人を乗せたこの船は、ハンブルクを出港。
目指すは自由の国、アメリカ。

ところが米国は入国を拒絶。
カナダ政府もこれを固辞。
キューバに向かうも、これも失敗。

延々をカリブ海をたらいまわし。
1年以上のオデュッセー後、アントワープ到着。

キャプテンの、
「ドイツに帰ったら、皆、殺されちゃう。」
という
「手加減」
があったんですが、時遅し。

この時期、すでにオランダはドイツの支配下。
ユダヤ人は収容されて、強制収容所送り。
大抵はそこで朽ち果てました。

脱出先を誤ると、大失敗。

例えば、ヤングーン。
ミャンマーでも
「水掛祭り」
は盛ん。

反乱も起きてるし、脱出先には不向き。
じゃベトナムは?

飛行機の時間が朝の7時と早くてしんどい。
フィリピンは?
たかが6日程度の脱出に、遠距離飛ぶのはしんどい。

結局残ったのがカンボジア。

プノンペンか、シェリムアップか?

ジムのドイツ人に、
「アンコール遺跡巡りはいかが。」
と聞けば、
"langweilig"(退屈)
の一言。

こうしてプノンペン行き決定。

エアアジアでチケットたったの4650バーツ。
往復。
空港税込み。

ホテルで、
「明日は空港に行くので、送迎を手配してくれ。」
というと、
「どちらまで。」
とカンボジア人のポールさん。

「ソンクラーンは嫌なので、プノンペンに逃げるっす。」
と言えば、
「プノンペンでもソンクラーンありますよ。」
というカンボジア人。

えっつ?
マジ?

カンボジア人が言うなら、多分、本当。
なんだかいきなりブル~。

セントルイス号の二の舞?
乞うご期待。




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